みんなの体験記CMLランナーズ

河田 純一 さん

河田 純一 さん (30歳代)

CML発症後年数約13年[現在は無治療寛解(TFR)維持]

*:TFR:Treatment-free remission

2015年、主治医から勧められ、分子標的治療薬を中止する臨床試験に参加。現在も検査のために定期的に通院を継続しているが、今のところ分子遺伝学的再発はしていない。

※内容は個人の体験に基づく印象や意見であり、すべての方が同様の結果を示すわけではありません。

取材者より

河田さんは2015年に、一度CMLランナーズの取材を受けてくださっています(河田 純一 さん①)。前回の取材から約3年、研究者としての道を歩み始め、CML治療経験者としても若い世代のオピニオンリーダー的存在に。今後のさらなるご活躍が期待されます。

分子標的治療薬の服薬を中止する臨床試験に参加

発症からちょうど10年目となる2015年1月、当時の主治医から声をかけていただき、分子標的治療薬を中止する臨床試験に参加することになりました。
参加に際して、薬を中止すると分子遺伝学的再発の可能性は否定できないこと、定期的な検査は続けていくこと、分子遺伝学的再発の場合には、もともと飲んでいた薬を第一選択、それ以外の分子標的治療薬を第二以降の選択肢として飲むこと、そして(検査の数値が上昇し)分子遺伝学的再発となった場合は、もう一度服薬をすれば深い寛解の状態に戻ることがわかってきていること、などの説明を受けました。私自身もその説明に納得しましたし、「もし再発してしまったとしても、また服薬をすぐに再開し治療を続ければいいんだ」という気持ちで、臨床試験に参加しました。
服薬を中止して最初の6ヵ月間は、月に一度のペースで通院して血液検査と遺伝子検査、先生の診察がありましたが、6ヵ月経ったところで2ヵ月に一度のペースになり、以降、同様の検査を続けています。ありがたいことに現在まで分子遺伝学的再発をすることなく過ごすことができています。

服薬を中止したことで起きた変化

服薬を中止したことで、日常生活が大きく変わりました。それまで約10年間、薬を毎日飲まなければならなかったので、飲み忘れの不安や、飲まなければいけないプレッシャーなどがありました。それがなくなったというだけで気持ちが楽になり、またそれが感慨深かったですね
体調の面では、強い吐き気がなくなり下痢も止まりました。そのおかげで、食事の量は変わっていないのですが、1年で12キロ体重が増加しました。体力がついた実感があり、風邪をひきづらくなったとも感じています。それだけ薬によって身体に負担がかかっていたんでしょうね。また、肌の色が(おそらく元来の色に)戻りましたね。それまでは、真っ白で日焼け止めクリームがないと日光に当たった後、肌が真っ赤になってしまい、かなりつらかったんです。だから、夏場でも服は長袖しか着ませんでした。それが指の先の方から色素が戻ってくるようでちょっとワクワクしてしまいました(笑)。実際に、その年の夏は日焼け止めを使わず、10年ぶりくらいに友人と海で泳いで遊んだりしました。本当に楽しかったですね。長袖しか持っていなかったので、その年は半袖の服をたくさん買いました(笑)。
それから、服薬中は服薬している薬と相互作用があるグレープフルーツやグレープフルーツジュースの摂取禁止を守っていたのですが、服薬を中止してから飲みに行った時、「生グレープフルーツサワーを飲みたい」という気持ちが沸々と湧き上がってきて、それを頼んで飲んだ時の感動は忘れられません。もともと子どもの頃から好きな果物だったので、久しぶりに飲んだあの時の感動は、今でも思い出すくらいです(笑)。

大きな支えは人とのつながり

前回もお話しましたが、闘病中の支えで一番大きいのはやはり人とのつながりだと思います。友人、家族、恋人、患者会の皆さん、恩師の先生方など、周囲の方々の支え、精神的なサポート、つまり「人とのつながり」が最高に大きいものだと思います
CMLになる以前は、家族との距離のとり方に悩んでいた時期もありましたが、CMLになって本当に親身になって私の身体のことを心配してくれる姿を見て、そういったわだかまりも解けましたし、その後も好きに生きている自分を、さまざまな面でサポートしてくれています。家族への感謝の気持ちは、病気になって以降のほうが大きいですね
患者会の存在も大変大きく、臨床試験のことや服薬を中止するリスクなどの医療情報を患者会で知ることができたことも、大きな手助けになりました。それが後の人生を好転させてくれましたから、本当にありがたい気持ちでいっぱいです。
臨床試験で服薬を中止することになったとき、少し浮かれていたからか、いろいろな人に話をして回りました。治ったということではないことや、分子遺伝学的再発のリスクが否定できないことも正確に説明しましたが、それまでずっと心配してくれていた友人や家族は、とにかく薬を中止することになったこと自体をまず祝ってくれ、喜んでくれました。自分にとって一番うれしかったことは、服薬中止後にみるみる見た目が変わっていったことで、周りもそれをすごく喜んでくれたことです。以前の姿を知っている皆さんが、会うと「ああ、元気になったんだね」とか「雰囲気が変わったね」とおっしゃってくれたことですね。

研究テーマは同じ世代の患者さんの生活

2015年4月から大学院に入ったので、1月から服薬を中止して体調が改善していったことは幸いでした。大学院は意外と忙しく、そうでなかったら研究も進められなかっただろうなと考えると、本当によいタイミングで臨床試験に参加したと思います。
今の研究テーマは、特に思春期・若年成人(AYA世代)のがん患者さんの生活です。がん発症以降の生活や人生などを調べて明らかにしていこうと思っています。私が罹患したCMLは、発症して手術したら何年か検査を続けて、何もなければ通院は終わり、ではありません。治療は長期化しますので、がんの中でも慢性疾患としての意味合いがとても強いと思います。医療技術の進歩に伴って、がんがどんどん慢性疾患化しているという現状をまず明らかにしておきたいと思いました。
また慢性疾患となると、その病気とどう付き合い生活していくのかが重要になるので、「病気とともに生活していく」ということがどういうことなのかという研究を、がんにおいてもしていかなければならないと思いました
特にAYA世代といわれる15~30代までの方々は、就職や進学、恋愛や結婚といったライフイベントが一番多い時期なので、疾病とともに生きる人生を研究することは、大変意義深いと思っています。この世代の方々の話を聞いて、どういった経験をされているのか、発症してから何が変わって何が変わらないのか、そういったところも含めて研究をしています。
たくさんの方々が研究に協力してくださっていますが、それは私自身に闘病経験があるからこそ「協力しよう」と思ってくださっているのかもしれないとも感じていて、本当にありがたく思います。

自分の経験が他の方にも役立つように

CMLを発症した当時の自分を振り返ってみると、いつ終わりがあるかまったく見通しが立たないまま治療を続けるのはつらいものでした。ただ、臨床試験などで新しい治療目標に通じる道筋が見えてきたということなので、他の患者さんには、今本当に頑張って欲しいと思います。薬を飲んでいれば副作用の出方には個人差がありますし、日常生活を送っているとつい薬を飲み忘れてしまうこともあると思いますが、がんであることに変わりはないですから、服薬をきちんと続けていくことを第一に考えて欲しいと思います。薬で治療を続けていくうえでは、その副作用やリスクに向き合わなければならないので、主治医とは治療のことを継続的に話し合えるように、コミュニケーションを大切にしていただきたいと思います
今は正直、寛解状態であることもあって、自分がCMLの患者であることを徐々に忘れ始めているところがあります。服薬を中止してから身体が楽になったことも大きいですし、2年半以上、分子遺伝学的再発をしていないので、「そろそろ大丈夫かな」という安心感もあるからだと思います。
そのように、今、病気にとらわれずに生きられることがうれしい一方で、大学生で発症して約10年間治療を続けてきたことで人生にブランクがあると考えると、これからも、がんになったことを何度も思い出して生きていかざるを得ないな、とは思います。ただ、それをどうとらえるかは自分次第、この経験が自身の人生にとって何らかの形で役に立つことはあるし、それだけでなく、自分が今まで経験してきたことを、患者会の活動などで他の方のためにも役立てられればという思いが強くあります
また仕事面では30代で大学院に進学し、博士課程後期までいった時、「研究者としてやっていけるように」と決意を新たにしたので、研究に関しても早く業績を上げて、しっかりと大学で教えられるように日々精進していくことを目標にしています。

CMLランナーズ 私の一足

10年ぶりの海にもこの靴で

10年ぶりの海にもこの靴で

以前「私の一足」で紹介された「靴」は履き心地がよく、今でも愛用しています。服薬を中止してから、趣味のSF小説の仲間と「ちょっと旅行に出かけよう」という話になって、海沿いに行った時にも履いていました。そこで思いがけず海水浴をすることになり、久しぶりに水着になり、海で泳ぐという解放感、「10年くらい泳いでいなくても泳げるんだ」という感動も含めて(笑)、外で肌をさらせるということが、本当に嬉しかったですね。厳しい山での修行も、解放感いっぱいの海への旅行もこの靴と一緒でした。