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田村 英人 さん

「自分の命はあと4年、どうやって死の準備をしようか」と考えた


支えてくれた妻とともに、長野にて

私がCMLと診断されたのは2003年5月、53歳の時でした。
会社の健康診断で白血球数が多いことを指摘されて、大学病院でマルク(骨髄検査)を含む精密検査を受けました。白血球数が多いということで、初めは不安より「なんだろう?」という気持ちが強かったです。「何か感染症にかかったか。それとも多血症かな? 最悪は白血病? でもまさか」と落ち着かない気持ちで検査結果を待ちました。ゴールデンウィークを挟んだので結果が出るまでに約1ヵ月かかり、その間がとても長く感じられました。
検査結果は妻、息子と一緒に聞きに行きました。そしてCMLと診断されたのですが、その時のことを今振り返ってみると、どんなことを思ったのか、先生からどんなお話があったのか、家族がどんな反応をしたのか、ほとんど覚えていません
頭の中が真っ白になり、何から手をつけたらよいか分からない中、まずインターネットや医学書でCMLに関する情報を集めました。しかし、当時は分子標的治療薬が発売されてまだ1年とちょっとしか経っておらず、CMLは「発症後4~5年で急性転化して死に至る」という厳しい情報しか見当たりませんでした。そのため、診断直後の時期は「これからの4年間をどう過ごそうか。どうやって死の準備をしようか」という思いが強かったですね
そんな状況の中で、妻や息子は病院に同行してくれたり、遠い親戚の医師や近所で血液の病気をした人など、いろいろなルートから情報をかき集めたりしてくれました。この時の家族のサポートほどありがたく、心の支えになったものはありません。

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