みんなの体験記CMLランナーズ

M.K. さん

M.K. さん (50歳代)

CML発症後年数2年

CMLと診断されて分子標的治療薬で治療を始め、約2年経過した現在は、Amp-CML法で陰性を維持している。いつか、収益を上げることを目的とするのではなく、社会の役に立つことを目指した事業を起業することが夢。

取材者より

分子標的治療薬による治療を受け、分子遺伝学的完全寛解(CMR)に近い状態まで効果が得られているM.K.さん。
それでも現状に留まることなく、「何か新しい情報をつかめば、希望につながるかもしれない」と行動し続けています。
「家族のために、頑張って生きていかなければ」というその姿勢に、小さなお子さんへの想いと強い責任感を感じました。

入院して、人生で初めて死を身近に感じた

百貨店で長くイベントやPRの仕事に携わってきた私は、充実した毎日を過ごしていました。仕事が終わった後は1kmくらい泳ぎ、サウナに入ってさっぱりしたら、ウイスキーや焼酎を飲む。酒が大好きで、どこででも誰とでも、毎日ジャブジャブと飲んでいました。
病気が発覚したのは2009年7月、近所の内科病院で肝機能を調べるために血液検査を受けたのがきっかけでした。8月は会社の健診月なので、前月に一時禁酒の効果測定をしておくつもりで受けた検査だったのですが…。
後日その内科病院から電話がかかってきて「CMLの可能性がある」といわれ、すぐに別の病院でマルク(骨髄検査)を受けました。
私の場合、フィラデルフィア染色体に、ほかの染色体の転座が重なり、マスクされていたため、診断が確定するまでに約3ヵ月かかりましたが、その間「そんなはずはない、自分は大丈夫」と思い続けていました。
「残念ながらCMLです」と話があったのは入院する直前で、家内が一緒に説明を聞いてくれました。告知を受けた直後は、漠然と「これはえらいことになった」と思いました。その時は、この先始まる数々の苦難は想像する由もありませんでした。
分子標的治療薬を始めるにあたって、入院して治療を開始することになったのですが、私が入院した病室は、ナースステーションと集中治療室(ICU)から一番遠いところにある部屋でした。「同じ入院費を払うのに」と少し不満に思っていたのですが、あるとき看護師さんが、「遠くにいるほど命の長さが長いんですよ」といった内容のことを言われました。実際、病室にいると、ときおり遠くから「ハリー(急いで下さい)、先生!ハリー、先生!」という声が聞こえ、ドタバタと騒がしくなり、しばらくするとシーンと静かになる。「ああ、これが死んでいくということなんだ」と、自分の人生で初めて死を身近に感じたのがこの入院です。死がだんだんと近づいてくる様子を間近に感じて、ショックでした。

正確な情報が知りたい一心で、知識を深めていった

入院した当初、私の気持ちの7~8割は怖さで占められていて、現実から逃げていました。そのような状態だったので、CMLという病気や治療について、よく理解していませんでした。若い先生に何気なく「分子標的治療薬は、いつまで飲み続けなくてはいけないのでしょうか?」と尋ねたところ、「一生です」という答えが返ってきて、その断定的な口調と内容に衝撃を受けました。
同じことを主治医にも尋ねたところ、「今のところ明確な答えは出ていません」という返答でした。またそのとき主治医は、「昨今、患者さんはインターネットなどを使ってご自分でどんどん知識を増やしていかれますからね」ともおっしゃったのです。言われた時はピンとこなかったのですが、実際、私もそのとおりの道程を歩んでいます。
今、CMLの情報収集で一番頼りにしているのは、インターネットです。「日経メディカル オンライン」「がんナビ」などのサイトで最新情報を見ますが、「白血病」というキーワードでヒットするサイトは、ほとんど「お気に入り」に入っています。
ただ、学生時代に医学や薬学の勉強をしていたわけではないので、基礎的な内容でも一つ一つ調べて理解することが最初の壁でした。専門書を読んでも難しくて、買うたびに分からないことが現れ、悩みが深まっていく。そういった中で、血液疾患の患者や家族へ、情報提供などの活動をされているNPOつばさが発行する情報誌「つばさ」は、私にとって非常に有益でした。
また、ノバルティス ファーマ株式会社から発行された小冊子「慢性骨髄性白血病と向き合う方へ」も分かりやすく、これまで何度も繰り返し読んできました。
退院してから、疑問や悩みを主治医に話したことはほとんどありません。忙しい先生に質問するのは申し訳ないと思うからです。外来に行っても、まず採血をして先生に会うのに2~3時間、そして自分の後にも患者がいる。聞きたいことは毎回2~3項目あるのですが。
もっと単純に、自分の疑問や悩みを解消できる場所はないか、と探して見つけたのが患者会です。自分のわからない部分をクリアにできるチャンスかなと思っています。参加すると、ものすごくパワーを使って、くたくたになってしまうので、あまり頻繁に参加できませんが、例えば、治療方針の違いについて話を聞いたりすると、良い悪いは別として医療の地域間格差を感じますし、患者同士でもいろんな考え方の人がいるのだな、と色々と考えさせられることもあります。

目の前のニンジンがすっと逃げていく・・・

病気に関して今一番気になっていることは、自分がどのくらい分子遺伝学的完全寛解(CMR)に近い状態なのか、はっきりしないということです。
私はAmp-CML法で9ヵ月間陰性ですが、仮にPCR法で測定したらどうなのか、分かりません。その一方で、インターネットで学会の報告を見ると、「精度の高いPCR法で何%以下なら予後はこうだ」といった最新情報が続々と出てきます。
ある研究所のホームページに「非常に感度の高い検査法を確立した」といった内容の記事を見つけ、「この検査はどこで受けられるのですか?」と問い合わせたら、「いや、まだ実験段階ですから」と、そんなこともありました。このように、最新情報が私たちの現実になるまでには、相当タイムラグがあると感じます。何か、目の前にニンジンがプラプラと下がっていて、近づこうとしたらすっと逃げていく、そんな感じです。
患者会で、ある方が「私は、Mさんみたいにしていたら不安が膨らんでいくだけだから、情報は一切集めません。精神衛生上、そのほうがいいですよ」と話されました。それも一つの考え方だと思います。でも、私の場合は、薬を飲んでいれば精神的に安定するかというと、そうではなくて、せっかくCMRに近い状態をキープしているならば、情報を仕入れていきたいし、何か新しい試みがあると分かればそちらにも進んでいきたい。最終的に希望が手に入るのであれば、大いに行動すべきだ、という考え方なのです。たぶん、前向きな患者の部類だろうと自分では思っています(笑)。
どの患者も先生も、CMLの治療という山登りで目指している頂上は「病気を治す」一点ですが、登り方はいろいろですね。

死を傍(かたわ)らに感じるからこそ、今、生きている時間を大切にしたい

ガーデニング写真 ガーデニングは、よい
気分転換になっています。

CMLになってから、体力がガクッと落ちました。全身の筋肉や関節の痛み、疲れやすさもあります。習慣にしていた水泳ができなくなったので、散歩やガーデニング、外食をすることが、今は気分転換になっています。ガーデニングでは、夏はハイビスカス、ブーゲンビリア、クリスマスはポインセチア、冬はシクラメン…。その季節が一番合う花に植え替える、それが楽しみです。花と向き合い、知ろうとしないと、日照や水を与えすぎたり足りなかったり、うまくいきません。
ある意味、人生や病気と似ている部分があるのかもしれません。
体調が良くなって、もし少し時間ができたら、ゆっくり海外旅行に行ってみたいと思っています。仕事で外国催事を担当し、フランス展、英国展などに携わって以来、いつかその文化を現地でゆっくり楽しみたいと思っているのです。
リヨンは美食の都、おいしいワインがたくさん飲めるし(笑)、イギリスは、マナーハウスやナローボートのような文化財が素敵ですね。
知人がオーストラリアに住んでいて、私も現在勤めている会社を50歳で退職して、向こうへ移住しようと思っていた時期がありました。今となっては、当初の計画通りに移住していたら、CMLに気づくことなく進行していたかもしれませんね。何か運命を感じます。
CMLになってからは、毎朝仏壇を拝んだり、菩提寺へよく行ったりするようになりました。以前は、正月は三社参り、結婚式は牧師さん、葬式はお寺さんでという「うちは何教やったかいな?」というくらいの、平均的な日本人だったんですけどね。少し信心深くなりました
死は、100%みんなに訪れます。それが早いか、遅いかという差はありますが。ですから、それまでのプロセスをどう納得するか―。納得する死なんてないでしょうが、幸い私は分子標的治療薬によって延命を与えられたわけですから、その時間を大切にしたい。それが今の気持ちです。

CMLランナーズ 私の一足

夏の家族旅行で子供が選んでくれたサンダル

夏の家族旅行で子供が選んでくれたサンダル

我が家では毎夏、唐津のホテルで数日過ごします。
今年の唐津行きの際、靴を買いに行ったら、子供が選んでくれたのがこのサンダルです。はじめは「こんな派手なもの履けるか」と思ったのですが、子供が勧めてくれたものだし、「まあ、夏だからいいか」と思い直して買ったんですよ。親バカでしょ(笑)。
唐津では毎朝、このサンダルを履いて砂浜を散歩しました。来年も、再来年もこのサンダルで砂浜を家族で歩きたいと思いながら。
唐津から帰った後も、この思い出のサンダルで近所の杜を散策しています。さすがに秋風が吹いてくると肌寒くて、ちょっと履けなくなりますけれど(笑)。
うちの家族は、とても明るいです。CMLと診断を受けたとき、家内は愕然としていましたが、その後は私よりもはるかに感情をぐっとこらえて、私の方が「一緒に泣いてくれよ」と思うくらい、気丈に支えてきてくれました。子供には、まだ話していません。まだ小さいからというのはあるのですが、非常に説明しにくい病気ですし、必要以上に負荷をかけたくないという思いもあります。ただ、いずれ話さなければいかんなと思っています。でも非常に勘のいい子なので、もうわかっているかもしれません。
「家族のために、頑張って生きていかないといけない」。その気持ちが、私の治療に対する前向きな力を生んでいるのだと思います。