CMLと妊孕性

慢性骨髄性白血病(CML)の標準治療であるチロシンキナーゼ阻害薬(TKI)は、その服用により胎児に奇形を生じる(催奇形性)などのリスクが報告されています。胎児にどのような影響を及ぼすかはTKIの種類により差がありますが、TKIによる治療中は妊娠を避ける必要があります。

日本癌治療学会編, 小児、思春期・若年がん患者の妊孕性温存に関する診療ガイドライン2017年版, 金原出版, 2017, p.125

妊孕性とは?

「妊孕性(にんようせい)」とは、妊娠できる能力のことを指します。
妊娠するためには卵子と精子が必要となるため、妊孕性は女性だけでなく男性にとっても大事な問題です。

近年、がんに対する治療の進歩に伴い、一部の患者さんではがんを克服することが可能となってきました。一方、がんに対する治療内容によっては妊孕性に影響を及ぼすことが知られており、がん経験者が不妊となることや性ホルモンの分泌低下をきたすことが明らかとなってきています。
慢性骨髄性白血病(CML)においては、標準治療であるチロシンキナーゼ阻害薬(TKI)の妊孕性への影響については明らかとなっていませんが、治療内容によって生殖機能が衰えたり、失われたりすることもあります(「CML治療による妊孕性への影響」の項目を参照)。
そこで、万が一の場合に備えて、卵子や精子を凍結保存するなどして、将来のために妊孕性を温存できる選択肢(妊孕性温存療法)があります。

がん患者さんに対する妊孕性温存は、考慮すべき重要な事項として関心が高まっており、生殖細胞の保護や保存に対する取り組みが先進国を中心になされるようになってきました。日本産科婦人科学会においても、「被実施者に十分な情報提供を行い、被実施者自身が自己決定することが重要である」として、治療開始前に医師などから妊孕性温存に関する十分な情報提供を受け、患者さん自身の意思に基づいて妊孕性温存実施の有無を決定することの重要性を提唱しています。

患者さん自身の病気(原疾患)の治療が第一なので必ずしも希望どおりになるわけではありませんが、将来子どもを持つことを考えている場合や可能性がある場合には、治療開始前の早い段階で主治医に妊孕性温存について相談しましょう。

CML治療による妊孕性への影響

CMLに対する治療は、抗がん剤による化学療法、造血幹細胞移植、免疫を高める治療などが行われてきましたが、2001年以降、分子標的治療薬であるTKIの登場により治療成績が大きく向上しました。
CML治療による妊孕性への影響は、使用する薬剤の種類や造血幹細胞移植の実施の有無、さらには患者さんの年齢などによって異なります。
将来子どもを持つことを考えている場合や可能性がある場合は、下記のことを理解したうえで、CMLの治療開始前に妊孕性温存について検討することが望ましいでしょう。

  • TKIによる治療の場合

    ・TKIの妊孕性への影響については、まだ十分に明らかとなっていません。

    ・TKIの種類によっては、服用中の妊娠により胎児の奇形を生じる(催奇形性)リスクが認められています。

    ・TKIは非常に高い割合で甲状腺機能低下症を誘発することが報告されており、甲状腺機能は、性別にかかわらず妊孕性に影響を与える重要な因子の一つとされています(日本癌治療学会編, 小児、思春期・若年がん患者の妊孕性温存に関する診療ガイドライン2017年版, 金原出版, 2017, p.13)。

    ・造血器腫瘍診療ガイドライン2018年版補訂版では、「DMRが得られて安全にTKI治療が終了できる基準が確立されるまでは、臨床試験以外でTKIを中止すべきではない。ただし特別な事情がある場合(妊娠を望む女性や重篤な副作用の合併など)、完全には否定できない急性転化に関する十分な説明同意と定期的な定量PCRによるMRD※1のモニタリングを行い、MMRを失ったら可及的早期に治療を再開するという条件でTKI中止を考慮しても良い。」と記載されており(日本血液学会編, 造血器腫瘍診療ガイドライン2018年版補訂版, 金原出版, 2020, p.113)、妊娠を望む場合には、主治医の決めた頻度での定期的なBCR-ABL1のモニタリング検査(定量PCR法※2を受けること、MMRを失ったら可及的早期に治療を再開することを条件として、TKIの中止を考慮しても良いとされています。

    1. ※1 MRD:微小残存病変
    2. ※2 モニタリング検査(定量PCR法):造血器腫瘍診療ガイドライン2018年版補訂版では、「国内のJALSGのTKI中止臨床試験においては、TKI中止後のBCR-ABL1のモニタリングは定量PCR法で定期的に(半年間は少なくとも毎月、次の半年間は2ヵ月に1回、その後は3ヵ月に1回)行い、MMRを失ったら可及的早期に治療を再開することで、安全にTKIの中止を行うことができた(Takahashi N. et al. Int J Hematol. 2018;107:185)。」と記載されています(日本血液学会編, 造血器腫瘍診療ガイドライン2018年版補訂版, 金原出版, 2020, p.114)。
  • 造血幹細胞移植の場合

    ・造血幹細胞移植では、大量化学療法や全身放射線照射といった前処置により、通常のがん治療よりも妊孕性に対する影響は大きくなります。

    ・前処置の内容による差はあるものの、女性の卵巣機能や男性の精子形成に影響を及ぼすことが報告されており、男女ともに高い割合で不可逆的な妊孕性低下が起こります。

妊孕性温存を検討するにあたり

治療開始の遅れは、患者さん自身の病気(原疾患)の悪化や進行につながる可能性があるため、患者さん自身の病気(原疾患)の治療が最優先となります。また、妊孕性温存のタイミングは可能な限り治療開始前が推奨されますが、治療開始前に限られたものではありません。

  • TKI治療開始前
    ・可能な限り治療開始前の「精子凍結保存」が推奨されています。
    ・一般的な精子採取の方法はマスターベーションですが、難しい場合には膀胱内の精子を採取する方法や、振動刺激・電気刺激による射精で精子を採取する方法などもあります。また、射出精液中に精子を認めない場合は、精巣内精子採取術によって精子を得られることもあります。
    TKI治療開始後
    ・男性の患者さんに対する治療では妊孕性に影響を及ぼさないことが明らかにされているTKIもありますが、TKIの多くは妊孕性への影響について十分なデータがなく、明らかとなっていません(日本癌治療学会編, 小児、思春期・若年がん患者の妊孕性温存に関する診療ガイドライン2017年版, 金原出版, 2017, p.126)。
    ・精子数や精子運動率の低下に関する報告もありますが、推奨されるTKIの投与中止期間などについて明確な根拠はなく、具体的には示されていません。
    ・精子凍結保存は簡便な方法であるため、可能な限り治療開始前に精子凍結保存を行うことが望ましいとされています。
  • TKI治療開始前
    ・配偶者※1がいる場合は、胚(受精卵)凍結保存が推奨されます。ただし、諸事情により精子の採取ができないなどの場合は、未受精卵子凍結という選択肢も考慮します。
    ・配偶者※1がいない場合は、未受精卵子凍結保存が考慮されます。
    TKI治療開始後
    ・TKIの種類によっては、服用中に妊娠すると、胎児に奇形を生じる(催奇形性)リスクが認められています。そのため、服用中の妊娠は避ける必要があり、妊娠を希望する場合にはTKIの休薬を検討します。
    ・妊娠を希望し、休薬を検討する場合の明確な基準は確立されていませんが、「3年以上のTKI治療期間」、「MR4.5より深いDMRの達成と2年以上の継続」が必要条件とされています※2。また、TKIの投与中止後は、主治医の決めた頻度での定期的なBCR-ABL1のモニタリング検査(定量PCR法)を受ける必要があり、MMRを失ったら可及的早期に治療を再開すること、計画された妊娠であっても急性転化するリスクがあることについて理解し、同意していただく必要があります。

    造血器腫瘍診療ガイドライン2018年版補訂版では、「DMRが得られて安全にTKI治療が終了できる基準が確立されるまでは、臨床試験以外でTKIを中止すべきではない。ただし特別な事情がある場合(妊娠を望む女性や重篤な副作用の合併など)、完全には否定できない急性転化に関する十分な説明同意と定期的な定量PCRによるMRD※3のモニタリングを行い、MMRを失ったら可及的早期に治療を再開するという条件でTKI中止を考慮しても良い。」と記載されています。

    日本血液学会編, 造血器腫瘍診療ガイドライン2018年版補訂版, 金原出版, 2020, p.113

    1. ※1 『小児,思春期・若年がん患者の妊孕性温存に関する診療ガイドライン2017年版』では「パートナー」と記載されていますが、日本産科婦人科学会の会告「体外受精・胚移植に関する見解」により、日本では体外受精などの不妊治療は法的婚姻関係のある夫婦に限定されています。
    2. ※2 中止前の治療期間、DMRの深さ、DMR期間は、STIM1試験などこれまで多くの臨床試験で用いられた条件であり、造血器腫瘍診療ガイドライン2018年版補訂版において特別な事情で休薬される場合の条件に一致したものであります。
    3. ※3 MRD:微小残存病変

妊孕性温存のメリット・デメリット

  • メリット

    ・治療開始前に妊孕性温存療法を開始すれば、まだ明らかとなっていないTKI治療による妊孕性への影響を回避することができます。
    ・造血幹細胞移植や放射線治療などの影響により精子や卵子を形成できなくなるリスクがありますが、その場合においても自分の子どもを持つ可能性を残すことができます。
  • デメリット

    ・CMLの進行の程度や患者の全身状態によっては、CML治療に悪影響を及ぼすおそれや危険をもたらすおそれがあります。
    ・CML治療開始までに時間がない場合には妊孕性温存療法の実施が難しい場合もあります。
    ・健康保険は適用されません。ただし、一部の地域では、生殖細胞の採取や凍結保存などにかかる保険適用外経費に対して助成金が補助されています。
    ・必ずしも妊娠・出産について良い結果が得られるとは限りません。

妊孕性温存療法の選択肢

  • 精子凍結[未婚・既婚の場合]
    精子を採取し凍結保存する方法であり、精子凍結保存は有効性、安全性の確立された技術です。ただし、治療開始後に採取した精子の安全性はまだ確立されていないこと、また簡便な方法であることから、可能な限り治療前に精子凍結保存することが推奨されています。
    凍結された精子は、将来必要となったタイミングで融解して体外受精を行います。
    精子凍結[未婚・既婚の場合](イメージ図)
    精巣組織凍結(開発中の技術)
    精巣組織の一部を採取し、凍結保存する方法です。まだ開発段階の技術であり、思春期前の男児に対する妊孕性温存療法として期待されています。
  • 未受精卵子凍結[未婚の場合]
    採卵した卵子を凍結保存する方法であり、採卵には、排卵誘発剤による卵巣刺激がほぼ必須となっています。未受精卵子凍結は有効性・安全性がほぼ確立された技術です。
    凍結された卵子は、将来必要となったタイミングで融解して体外受精を行い、胚(受精した卵子;受精卵)を子宮内に移植します。米国生殖医学会(ASRM)においても、凍結された未受精卵子の受精率・妊娠率は新鮮卵子と同等であり、凍結融解した未受精卵子を用いて生まれた新生児で染色体異常や先天異常、発育障害が増大することはないため、有効かつ安全な臨床技術であるとするガイドラインを発表しています(Practice Committees of American Society for Reproductive Medicine; Society for Assisted Reproductive Technology. Fertil Steril. 2013;99:37)。
    未受精卵子凍結[未婚の場合](イメージ図)
    胚(受精卵)凍結[既婚の場合]
    採卵した卵子で体外受精を行い、胚(受精した卵子;受精卵)を凍結保存する方法であり、採卵には排卵誘発剤による卵巣刺激がほぼ必須となっています。胚(受精卵)凍結は有効性・安全性がほぼ確立された技術であり、がん・生殖医療においても有効な手段の一つとして、米国生殖医学会(ASRM)、米国臨床腫瘍学会(ASCO)、国際妊孕能温存学会(ISFP)から推奨されています。
    凍結された胚(受精卵)は、将来必要となったタイミングで融解して子宮内に移植します。
    胚(受精卵)凍結[既婚の場合](イメージ図)
    卵巣組織凍結(開発中の技術)
    卵巣組織の一部を採取し、凍結保存する技術です。思春期前から低侵襲な腹腔鏡下手術で施行可能です。卵巣組織凍結は臨床応用が進みつつあるものの、移植する組織に腫瘍細胞が含まれている可能性も指摘されており、有効性・安全性はまだ十分とはいえません。
    女性がん患者さんの
    妊孕性温存療法の比較
    胚(受精卵)凍結 未受精卵子凍結 卵巣組織凍結
    対象年齢 16~45歳 16~40歳 0~40歳
    婚姻 既婚 未婚 未婚、既婚
    治療期間 2~8週間 2~8週間 1~2週間
    特徴
    問題点
    胚あたり妊娠率
    30~35%
    卵子あたり妊娠率
    4.5~12%
    多量の卵母細胞を凍結できる
    微小残存病変の可能性
    卵胞の生着効率が悪い

    ※ 対象年齢は施設により異なる。

    日本癌治療学会編, 小児、思春期・若年がん患者の妊孕性温存に関する診療ガイドライン2017年版, 金原出版, 2017, p.27より一部抜粋

妊孕性温存療法を受けるうえでの注意点

・妊孕性温存療法を行ったからといって、必ずしも子どもを授かるわけではありません。

・患者さん自身の病気(原疾患)の治療があくまで最優先であり、原疾患の治療に悪影響を及ぼすと考えられる場合は、妊孕性温存療法を回避することがあります。

・胚(受精卵)凍結保存や未受精卵子凍結保存を行う場合は、採卵までに最低2週間程度が必要となります。

・血小板減少や凝固異常を合併している場合は、採卵自体がリスクとなるため、胚(受精卵)凍結保存や未受精卵子凍結保存を行うことができない場合もあります。

・健康保険は適用されません。ただし、一部の地域では、生殖細胞の採取や凍結保存等にかかる保険適用外経費に対して助成金が補助されています。

CML患者さんにできること

・TKI服用中の妊娠は避けてください。

・子どもを持つことを考えている場合や可能性がある場合は、まずは主治医に相談して治療計画を立てましょう。

・妊孕性温存療法の選択肢やその内容、期間、費用、治療への影響について理解しておくことが重要です。

・CML専門医だけでなく、生殖医療専門医とも相談しながら検討を進めることも大切ですので、主治医に相談し、必要に応じて生殖医療専門医を紹介してもらいましょう。

・自治体によってはがん患者さんの妊孕性温存療法に対する助成制度があるので、申し込めるものがあるかどうかを調べてみましょう。